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- 2010年7月26日
クライフの終焉
「美しく勝利せよ。」
オランダが生んだ天才、ヨハン・クライフの言葉だ。
無様な試合をして勝ちを拾うくらいなら、勝者以上に強烈な印象を残して潔く敗北を選ぶというクライフのサッカー哲学と言い換えることもできる。
ヨハン・クライフ・・・。
オランダ史上最高のサッカー選手、いや、世界史上最高のサッカー選手とも言われるクライフは、1974年のW杯西ドイツ大会にオランダ代表として出場し、チームを決勝まで押し上げた。この大会でオランダは、フィールド上の10人がまるで1枚の絨毯のように舞い、相手を覆い尽くす全員攻撃全員守備の組織サッカーを仕掛け、まさに美しく敗れた。クライフが中心となって展開した、この“トータルフットボール”は余りにも衝撃的で、クライフとオランダ代表のことは覚えていても優勝したのが西ドイツだということを思い出せない人も多いと言う。
現役引退後に監督を勤めたスペインの名門・FCバルセロナでは、素早いパス回しによる攻撃的なサッカーを提唱し、数々のビッグタイトルを獲得。このスタイルを下部組織にまでも徹底した。このことが後にFCバルセロナが黄金時代を築く土台になったと言われている。
2010年W杯南アフリカ大会の決勝は、奇しくも“クライフの遺伝子”を受け継いだ2チームの対決となった。
現役時代のクライフが実践した“トータルフットボール”の系譜を受け継ぐオランダと、クライフが指導者として華麗なパスサッカーの熟成に心血を注いだFCバルセロナの選手を中心に構成されたスペイン。クライフの正統後継者決定戦とも言える“異母兄弟”対決は、壮絶な延長戦の末、スペインに凱歌が上がった。頑ななまでに師匠・クライフの教えを守りパスサッカーという美学を追及し続けたスペインは、確かに美しく勝利した。
では、敗れたオランダは、美しい敗者であったのか・・・。
オランダのファンマルバイク監督は、試合前に「美しいサッカーでなくてもいいから、勝ちたい」とコメントした。この言葉通り、オランダは相手の良さを消すことに終始する不細工なサッカーをやり通した。オレンジの鎧をまとった戦士たちがスペインのパス回しを分断する被策として多用したのはファウルだった。オランダのファウルに対してレッドカードを食らわせる勇気を持ち合わせていなかった主審によって試合は大熱戦の様相を呈してはいたものの、展開するサッカーの質においては、両チームに天と地くらいの差があったことは否めない。
しかしこの試合には、結果以上の重大な意義が隠されていた。それは、“トータルフットボールの終焉の始まり”・・・。2010年、サッカーの潮流は南アフリカの地で一つの時代に終りを告げ、新たな時代に突入したのかも知れない。
W杯初期のスターと言えば、ペレ、ブラジル人。
当時のサッカーは11人の個の1対1の対決がメインで、より個人技に長けた選手がいるチームが勝利を掴むという単純なものだった。そんな“個人技サッカー”の時代に終止符を打ったのがクライフの“トータルフットボール”。傑出した個が存在するチームが有利ではあるものの、11人の総合力で個の力を凌駕するサッカーが台頭することによって、サッカーが世界中に急速に広まっていったのは紛れのない事実である。
このトータルフットボールというクライフが追求し続けたサッカーの集大成こそ、今回のスペインが追求し続け、W杯初制覇という結果によって完成を見た華麗なパスサッカーだった。
究極の形が完成したということは、それの終焉が始まると同時に、次の形が誕生することを意味する。ただ唯一皮肉なことは、次世代のサッカーを形成する新芽が奇しくもクライフを生んだ国、オランダから誕生したということである。相手の良さを消すことに終始する不細工なサッカー、まさにオランダが今回の決勝戦でやり続けたスタイルこそ、次世代のトレンドになり得る新戦術なのかも知れないのだ。
決勝後、クライフは「オランダのスタイルは醜く低俗だった」と吐き捨てた。
しかしクライフは、このスタイルが今後世界のトレンドになることを危惧すると同時に予期していたのではないだろうか。だからこそ出た言葉ではなかったのか。チャンピオンズリーグでモウリーニョ率いるインテルがバルセロナ相手に展開し、きっちりと勝利だけを掴み取ったサッカー。W杯初戦で優勝国スペインが圧倒的に押していながら白星を献上したのも、スイスのこの戦術に嵌ったからだ。クライフは、ここに自分の築いた時代の終焉をいち早く感じ取っていたのかも知れない。
このままではサッカーは、どんどんつまらない方向進んでいってしまう・・・。
そんな状況を打破できるのは、個の力であらゆる戦術を破壊できるスーパースターの出現しか有り得ない。ドリブルで突っかけて一人でシュートまで持ち込むというプレーがほぼ不可能になった現在、個人の力で得点を挙げる唯一の手段は、フリーキック。
クライフが出現した当時のオランダもサッカー発展途上国だったということを考えると2014年に向けて、サッカーの次世代を作るスーパースターが極東の小国から飛び出してきても、何ら不思議ではない。
(三浦敬介=文)
コメント(2)
- 氏家尾張守2010年7月27日 9:39 PM
結局何を伝えたいのか,何が言いたいのかまったくわかりません。
- one house2010年8月3日 10:45 AM
申し訳ありませんが、読ませて頂いて面白いと思いませんでした。
まず、最後のパラグラフまで、「クライフは、ここに自分の築いた時代の終焉をいち早く感じ取っていたのかも知れない。」の一文で終わる部分までは、これまでも三浦さんが発表される以前に色々な所で複数の方が書いていた、言っていたことの焼き直し、繰り返しでしかないと感じました。
そして、最大の問題として、唯一のオリジナリティの感じられる部分である最後のパラグラフについてです。サッカーがつまらなくなってしまうという問題状況を打破するものが、フリーキックなのですか?フリーキック一発で決まるサッカーが面白いですか?それなら、オランダのスナイデルやロッペン頼みのサッカーでも良いのではないですか?要するに、本田圭佑をフィーチャーしたいだけの文章ではないですか?
正直申し上げれば、金子さんの文章も前にどこかで読んだ話だなと思う時はあるのですが、それを気にさせないバックボーンが金子さんにはあることを感じさせ、何かしらのワンアイディアでもオリジナリティがあるのですが、三浦さんの文章は一言で言うと「薄っぺらい」印象です。
その他、「クライフは、このスタイルが今後世界のトレンドになることを危惧すると同時に予期していた」とありますが、「危惧」と「予期」の意味を理解して使い分けていますか?むしろ、「予期」するから「危惧」するのではないでしょうか?そのような日本語の拙さも目についた文章でした。
W杯決勝が、個人的にとても面白く感動した試合だったので、三浦さんの文章に過敏に反応してしまったかもしれません。今後の文章を楽しみにさせて頂きます。







