[塾生]吉本和孝

  • 2011年5月20日

[特集]ぬくもり/サッカー

「来てよかった」
試合が終わり、帰途につく観客の中から言葉が漏れる。聞こえる。

「今日来てよかったよ。スタジアム入れへんのわかってたけどさ。一人で家で見てるのなんか違うな、と思って。みんな、似たような気持ちなんやなって思えただけでも来てよかった」

2011年3月29日、大阪長居スタジアムで行われたサッカー日本代表対Jリーグ選抜の試合、東北・東日本大震災復興のための日本サッカー協会主催のチャリティーマッチが開催された。
チャリティーマッチの会場に入れなかったサポーターにもキンチョウスタジアムでのパブリックビューイングが行われた。

長居公園はいつもの休日と違い、ラジカセで音楽をかけダンスの練習をしているような人たちの姿もない。あるのは、イベントの警備をしている人、運営スタッフ、スタジアムへ向かう人たちだけである。

隣の長居スタジアムから大きな歓声がこぼれてくる。太鼓の音も。

キンチョウスタジアムはといえばいつものJリーグの試合のメインスタンド席側にポツリ、ポツリと人が座る。試合開始直後にはメインスタンド側の4分の3の客席が埋まっている。1000人近くは入っているだろうか。

いく人かの青いユニフォームが応援席にまじる。10番という背番号の上にはKAGAWAと名前が入っているものもあればNAKAMURAと名前が入っているものもある。他のユニフォームにはNAKATA、YANAGISAWAという文字も見える。ガンバ大阪のユニフォームもあればセレッソのタオルを巻いている人もいる。

試合が始まる。
スタジアムの電光掲示板に画面が映り、不器用に突っ立てられたいくつかのスピーカーから音が聞こえる。
誰一人おおっぴらに騒いだりすることもなく、会場にいる皆が静かに画面に向かう。
何かの小さな集まりがひっそりと始まるかのように。

キンチョウスタジアムに備え付けられたスピーカーからアナウンサーと解説者の声がぼんやりと響く。「今のプレーは被災地のみなさんに届いたんじゃないでしょうか」「えぇ、そうかもしれませんね」

バックスタンドと平行にときどき電車がスタジアムを横切る。
が、画面を見つめる客席の集中力は途切れることもない。

前半は日本代表のペースで試合が進む。
前半9分、長友選手が面白いように左サイドをぶち抜く。また対面の右サイドから駒野選手がぶち抜き返す。

前半17分、遠藤選手のシュートに会場から軽いため息がこぼれる。さざなみのような拍手とともに。

前半31分、最初の交代。川島選手だ。スタジアムから野太い声がとぶ。「川島ー、よくやったぞー! 川島ー、きてくれて、試合に出てくれてどうもありがとう!」

前半37分の本田選手のシュートに小さな笑い声がこぼれる「それははずしすぎやろー」

まるで何かを噛みしめるかのように、ゆったりと時間は流れる。

後半が始まる。
前半とは違い、盛り返すJリーグ選抜。
電光掲示板にウォーミングアップするカズ選手の姿が映るたびにさざ波のような拍手がスタジアムから湧き起こる。
最初のさざ波が次の波の呼び水になっているかのように拍手は広がりをみせていく。
すぐ近くにいるのにどんなに手をたたいたところでここからは届かない拍手がスタジアムに広がる。
後半17分、カズ選手が交代で出場する。
誰かがこっそり持ち込んだ本当に小さなおもちゃのトランペットの音とともにスタジアムにどよめきが起こる。
カズ選手が画面に映るたびに、少しずつ拍手は大きさを増していく。
それとともに会場には一体感が生まれていく。

後半37分、カズ選手のゴールが決まる。一瞬の静寂の後、地響きのような拍手がスタジアムに湧き起こる。スタンディングオベーションだ。いくら拍手しても届くことのない客席一面の拍手が会場にあふれ出す。 
その余韻ただよう中、試合は終わりを迎える。
2-1。日本代表の勝利を持ってこのチャリティーマッチは幕を閉じた。

この試合をベストコンディションで向かえるための充分な準備の時間は選手達にはなかったかもしれない。東日本大震災のためのチャリティーマッチという冠がなければ試合自体の内容は豪華メンバーを集めたちょっといい試合程度のものに過ぎなかったかもしれない。

が、この試合が本当に与えてくれたものは他にあって。
それは、ここに来た皆が今予期せぬ不幸に巻き込まれ困難に立ち向かっている人たちの気持ちにどこか寄り添いたいと思ってるんだ、ということを知らせてくれたことだった。
何かの巡り合わせが変われば同じ立場にいたかもしれない人達の気持ちに。
そう、直接何か役に立てることがしたいと思いながら毎日の生活の中どう折り合いをつけていいかわからず動けなくなっていた人達に「皆同じだったんだ」という落ち着きを与えてくれたことだった。

またその人の気持ちの連なりはアスリートという職業を選び今日試合に出た選手達に勇気を与えたのかもしれない。

予期せぬ不幸の中今実際に困難に立ち向かっている人たちの前でスポーツは無力かもしれない。
一杯の暖かいスープが欲しくて震えている人の前でスポーツは無力かもしれない。

ただ、私は信じたい。日本という国に生まれた同じ一人の人間として、

何かのタイミングが違っていたなら同じように震えていたかもしれない者として。

いつの日か、アスリートという仕事を選び自らの限界に向かい続ける人間が起こす奇跡が、今、度重なる不運にまみれてしまい困難に立ち向かっている人の心に希望という名のあたたかいものを灯すことを。

仕事という枠を超えたところで、生きる喜びを自らの体を持って体現することを生業に選んだアスリートのプレイがそれを見届ける人の胸に生きる希望をもたらす日がくることを。
またその希望が多くの人の間に広がることを。
スポーツを愛そう。


[特集ページ]震災後のスポーツ

[塾生]吉本和孝



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[塾生]吉本和孝
kazutaka_yoshimoto
コントが好きです。くだらないことが好きです。スポーツ門外漢です。
門外漢であるからこそ関係者の皆様が当たり前に思っていてなんだかよくわからないこと、とっつきにくいことを間口を広げておもしろ楽しく多くの人に伝えていければ、と思っています。それがスポーツの魅力を改めて確認できるものになっていればほんとに喜びます。
アゴアシいただければ、日本全国どこへでもうかがいたい、いろんな方のお話をうかがわせていただきたいと思っています。

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