[塾生]小谷紘友
[コパ・アメリカ]世界一のサッカー選手を息子に持つホルヘの苦悩
アグエロの先制点が決まった瞬間、狂喜に湧き、立ち上がる周囲をよそにホルへはゆっくりとシートに腰を下ろした。
初戦から2試合続けてのドローに終わっていたアルゼンチン代表には、大きな批判が渦巻いていた。2戦目のコロンビア戦終了後には、凄まじいブーイングの中で選手達はロッカールームに向かうことになり、批判の多くはチームのエースである一人の選手に集中する。膨れ上がる批判は国の英雄であるマラドーナ前代表監督が「世界一の選手を批判するべきではない」という声明を発表し、沈静を図るほどにまで大きくなっていた。
アルゼンチン国中から矢面に立たされている息子を、スタンドから見守るしかない父親であるホルへの心中を思えばやりきれない気持ちでいっぱいだったであろうことは想像に難しくない。コロンビア戦後に批判にさらされていた息子を思い、ラジオを通じ擁護していたホルへではあるが、敗退の可能性も含んだグループリーグ3戦目のコスタリカ戦を前にして、抱える苦悩は膨らむ一方で、実際に彼自身ではどうしようもないものだった。
妻とともにスタンドで静かに見つめるはずだったのであろうコスタリカ戦も、観客の1人に見つけられてからは、すぐに彼の周りには黒山の人だかりができていた。一緒に写真にで収まってもらいたいという絶えることのない頼みにも、彼は1人も断ることなく対応していた。ただ、母国のエースの父親とともにカメラに収まる事ができた観客達のはちきれんばかりの笑顔に対して、ホルへは無表情、あるいは仏頂面とすら思えるほどの余裕がないような表情だった。
無理もない。息子はメディアを通じ痛烈な批判にさらされ、国民にはバルセロナでのプレーは素晴らしいが、代表でのプレーは全くだと大きな不満をはっきりと持たれている。しかし、スタンドに父親であるホルへが姿を見せれば周囲はほっておくこともなく、切られ続けるシャターとともにすぐに喧騒に巻き込まれることになる。誰もが息子に大きな期待をよせていることを体感しているだけに、開催国にも関わらずグループリーグ敗退にもなれば、考え付かないほどの批判にさらされるのは間違いない。やりきれない思いであろうホルへの表情が明るいはずもなかった。
コスタリカとの試合が始まっても、チャンスは量産すれど、得点を決めることはないアルゼンチン代表に対し、サポーターは大きな声援で後押しする。シュートが枠を外れても、ブーイングが鳴らされることはない。しかし、圧倒的に攻め込みながらもなかなかゴールを割ることはできない。
過去2戦同様の展開にサポーターにも不安が頭をもたげてきた前半終了間際、ようやくアグエロの先制点が決まる。
待望の1点にスタンドを埋め尽くした観客は総立ちで周囲と抱き合い、アグエロの名を叫ぶ。ただ、ホルへの反応は異なっていた。ホルへは得点が決まった瞬間、確かに喜んだ。しかし、立ち上がったまま歓喜に沸き立つ周りと反し、ホルへはすぐに腰を下ろした。肩の力を抜き、シートに背中を縮めて座るホルへのうしろ姿は、エースの父親であるホルへにも凄まじいまでの重圧が掛かっていたことを想像させるには余りあるものだった。
1-0で迎えたハーフタイムも、ホルへの周りにはカメラを持った人で、またも埋め尽くされる。仏頂面は崩していなかったが、試合前と同様、頼まれれば必ず一緒にレンズに収まる。
ところが、後半が始まるとホルへの試合に対する反応は変わった。アルゼンチンがこれまでの不振がウソのようにアグエロが2点目、ディ・マリアがダメ押しと得点を決めると、ホルへは両手を挙げてガッツポーズを繰り返す。イグアインのゴールが取り消されたときも同様な喜びを表現し、チームがチャンスを逸すれば手で顔を覆い、選手がファウルを受ければ、心配そうな目で見つめていた。
1点目を挙げ安堵し、追加点を挙げ勝利がほぼ確信されるようになり、ようやく息子も、そして自身もプレッシャーから開放されたことから、感情を解き放つことができたのだろう。
試合が終了し、MVPに息子の名前が場内にアナウンスされた。5万人以上の観客で埋め尽くされたスタンドからは、万雷の拍手と息子の名前を呼ぶ歌声が降り注ぐ。近くにいた観客からは、「息子、よかったよ」といった具合に賛辞が送られていたが、ホルへは後半に見せていた表情から、仏頂面に戻し片手を挙げ応えることに留まっていた。
その後、ホルへが再び表情を崩すことはなかった。しかし、試合終了後に三度できた人だかりの中心で写真に収まるホルへは、余裕がなかったのか座ったままであったこれまでとは異なり、立ち上がり相手の腰に手を回していた。
世界一のサッカー選手であるリオネル・メッシを息子に持つホルへ・メッシは、これからも計り知れない苦悩を抱え続けるだろう。しかし同時に、大きな誇りを持ちながら。
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[塾生]小谷紘友- kousuke_otani
- 1987年7月生まれ、千葉県出身。現在は聴講生ですがスポーツライター業界に噛り付いていきたい。
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