投稿記事
[全日本柔道選手権]男柔、連覇への道
鈴木が負けた。
棟田が負けた。
穴井も負けた。
今年の全日本柔道選手権は、負けの大会だった。
初戦から動きが重い棟田は、なかなか技が出せなかった。初戦をなんとか突破したが、その後も棟田の技は消極的だった。
身長170センチでありながら、体重が130キロもある棟田は、誰よりも低い重心をもっている。小兵力士のような身体は、投げられないことに圧倒的なアドバンテージがある。
だからゆえ、棟田は準決勝で投げられずに負けてしまった。消極的な姿勢を審判は、決して見逃さない。ほとんど攻撃することなく、棟田は負けたのだ。
観客席から子供たちの声援は、最後まで棟田の積極性に火をつけることはなかった。
鈴木は、順調にベスト8に名を連ねた。勝ち方も鮮やかだった。4月29日の武道館の畳を踏める者は、全国から集まった猛者共である。会場の半分以上を占める、明らかに私よりも強そうな坊主頭の観客たちを寄せ付けない強さを持った猛者なのである。鈴木は、いとも簡単に投げていた。相手の体のクルッと回る音が聞こえてくるような、投げっぷりだった。
しかし、鈴木はベスト8で姿を消した。
敗因は、相手を仕留められなかったことに尽きるかもしれない。旗判定の結果は1-2だった。無情にも旗一本分だけ、鈴木の積極性は審判に届かなかった。
穴井にとっては連覇がかかる大会だった。去年、初優勝を飾り、今年の大本命は穴井だった。序盤の戦いぶりを見ても、圧倒的な強さだった。気負いは感じられないように見えた。
昭和23年から始まった全日本選手権の歴史で、連覇を飾った柔道家は、9人しかいない。さらに3連覇となると、4人に激減する。9連覇というお化けのような記録を残した山下に至っては、もう想像の範囲を超えた強さである。
穴井にとっては、自分が一年間、最強の柔道家であったことを証明するための大会だったのである。
準決勝で当たるはずだった、鈴木は姿を消していた。変わって名乗りを挙げたのは、鈴木を旗判定で破った高橋だった。
穴井は、王者の柔道をした。技を掛けられても、「そんな浅い技じゃ、俺を投げられるわけがない」と言わんばかりの、堂々とした柔道だった。まるで、横綱の相撲を見ているようだった。
高橋は、穴井にぶつかり稽古するかのように何度も技をかけた。穴井は、余裕を持って受け流し、審判の「待て!」のコールを聞くと、一人スタスタと開始線に戻って行った。技をかけた高橋は、まだ畳に膝をついている。
王者は、あくまで穴井だった。
しかし、異変が訪れる。
審判が、猪のごとく技を繰り出す高橋の姿勢が、審判を動かした。
穴井は、審判から消極的姿勢とみなされてしまう。腕をクルクル回して指されたのである。
時間は、半分以上を経過していた。
あくまで王者の柔道をしていた穴井の柔道が、慌てふためいた柔道に変わってしまった。
途中から、自分自身にムチを入れて、ペースをアップするが、気持と体が一致しない。
何度も何度もムチを入れるが、差は一向に縮まらない。高橋は、逃げるだけでよかった。残り時間は、高橋を味方しているようだった。
時計が、刻々と時を刻む。
最後の直線、穴井は最後の力を振り絞って、スパートした。
高橋の背中は目の前だった。
審判から「待て!」のコールがかかる。
審判がクルクル手を回し、高橋を指差す。
これで、並んだ……と思った瞬間、副審の二人が、取り消す。
幻となった。
もう時間は、残されてなかった。
穴井は、旗判定0-3で負けた。
連覇が消えた瞬間だった。
決勝を制したのは、鈴木、穴井を破った高橋和彦である。
優勝した瞬間から、高橋の連覇への道が始まっているのである。
(丹野洋一郎=文)
タグ: 日本一決定戦 —







