[塾生]本田千尋

  • 2011年1月11日

[第89回全国高校サッカー選手権大会決勝]Football Dreamin’


 少しひび割れたコンクリートの硬い感触をスニーカーのソールを通して足の裏で確かめながら、冷たい空気が漂う日蔭の通路からスタンドへと駆け上がる。階段の向こうには四角に切り取られた青い空が広がっている。

 一歩スタンドに踏み出すと、強い日差しが目に突き刺さる。思わず目を細める。心を取りなして目を見開くと、祝祭の空間が広がっていた。
 ざわめき、ざわつき、耳に届くか届かないかのところで消え入りそうに、人々はつぶやく。ブラスバンドの金色の楽器が、日を反射して輝いている。スタンドの銀色の手摺りが、日を反射して輝いている。第89回全国高校サッカー選手権大会、決勝戦が、一身に日を浴びて、光り輝いている。
京都府立久御山高校は素晴らしいサッカーを披露した。スペイン北西部の大西洋に面した港町を本拠地とするクラブチームが、欧州を席巻したときのような。
 大会公式パンフレット、久御山高校のページ、「監督の抱負」には、小さくこうある。
「素晴らしいゲームをする。あとは観てのお楽しみ」
 監督のつぶやき通り、久御山はダイナミックで、ワイドな魅力あふれるフットボールを見せてくれた。相手チームとともにエキサイティングなゲームを創り上げてくれた。
 ミソは3トップの両脇2人である。攻撃の際にも、守備の際にも、常にサイド目一杯に開く。その両プレイヤーに釣られて相手のディフェンスラインが、ひいては相手チーム全体が横に開いていく。
 久御山は両サイドにボールを供給し、サイドから、そして相手ラインの間隙を縫ってときに中央から攻撃を仕掛ける。個々人の能力、チーム力でも滝川第二高校の方が上回っていたかも知れない。それでも、久御山は愚直なまでにそのスタイルを崩すことはない。
 前半戦の主導権を握ったのは久御山だった。しかし前半を終えてリードしたのは滝川第二だった。電光掲示板に灯されたスコアは久御山0-2滝川第二である。
 準決勝の相手、流通経済大柏のサイドバックは久御山の両ウイングに対しあまりリスクを負って攻撃しようとはしなかったが、滝川第二は違った。右サイドバックの濱田が、ときにマークすべき坂本を置いて果敢に飛び出した。
 滝川第二の勇気のある攻撃、しかしその勇気を引き出したのは久御山のサッカーなのである。
後半に入って、9分に滝川第二がさらに追加点を挙げる。久御山のスタイルは変わらない。中盤の底の二上からリズムを創りボールを繋いでいく。繋ぐ。繋ぐ。
 12分にようやく1点を返す、が、その2分後にまた突き離されてしまう。それでもやり方は変わらない。開く。繋いで、繋ぐ。
 そして、ようやく、返した。時計を見ると、残り時間は6分程か。と思う間に、さらに、返した。周囲が沸く。拳を握り、腰を挙げる。声を張り上げる。スコアは3-4、差はわずかに1点である。
追い付いて見せろ。周囲の誰もがそう思う。ここまできたら、追い付いて見せろ。時間はほとんど残っていない。しかし久御山はスタイルを変えない。前線に簡単にボールを放り込むということはない。繋いで、繋いで、そして、繋いで。
 真っ白なゴールネットが揺れた。久御山の、ゴールネットが揺れた。最後の最後に、滝川第二が久御山を突き離した。
 それでも。繋いで、繋いで、繋いで…。
日は長くなった。赤く染まる地平線に重なる青の深みが増していく。春はまだ届かないが、手を伸ばせば届きそうな距離まで来ている。
 京都府立久御山高校は優勝というまばゆい光に手が届かなかった。手を伸ばせば届きそうな、すぐそこまでのところで、届かなかった。
 しかし久御山が素晴らしいサッカーを披露したことは間違いない。素晴らしいゲームを創り上げたことは間違いない。見る者の心を掴んだ。勇気を引き出した。
 スニーカーのソールを通して冷たい古びたコンクリートの感触を確かめながら、冷気が張りつめる通路に向かって階段を駆け下りスタンドを後にする。
 後ろを振り向くと、四角に切り取られ西に傾いた空が、金色に、白く輝いていた。

[塾生]本田千尋, 日本一決定戦

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