入れ替え戦

[トップリーグ]ラッキーパンチは必然か

 右からか、左からかどこから出てきたか分からなかった。ストレートかフックか、それともアッパーか。パンチの種類も確認できなかった。しかしその一発の拳、180センチ、110キロの体格であるマナコ・トンガから繰り出された拳によって、勝負が決したことに間違いはなかった。
 
 みぞれ交じりの冷たい雨が降り注ぐ秩父宮ラグビー場でトップリーグ入れ替え戦、トップリーグ12位、リコーブラックラムズとトップチャレンジ3位であり、昇格へのラストチャンスに懸けるマツダブルーズーマーズの一戦が行われた。

 天候もあるのだろうが入れ替え戦と呼ぶにはあまりにもスタンドは寂しい。何しろ収容人数の十分の一も埋まっているかどうかである。声援でも東京がホームのリコーはまだしも、マツダのホームは広島であるから御察しはつくであろう。

 そんな風通しの良いスタンドで寒さに震えながら試合を見ている前半25分、リコーが1トライでリードしている場面である。

 二人の大男がなにか小競り合いを起こしている。
 
 ボールとは遠く離れた場所での出来事だったこともあり、少しの間プレーは続行されていたが主審は争いに気づくと試合を止め、小走りで副審に寄っていった。おそらく確認だろうと思われる短い会話が交わされた後、主審が小競り合いを起こした二人を自分のもとに来るよう呼び出した。すると大男のうちの一人がフィールドからベンチに向かって歩いていく。大男がタッチラインをあとにし、スタンドからは姿が見えなくなってからアナウンスが秩父宮に響いた。

「マツダ、マナコ・トンガ選手、パンチングによりシンビンです」

 パンチングとは文字通り相手を殴る行為であり、シンビンは一時退場のペナルティである。つまりはトンガが相手選手を殴ってしまったため、一時退場を命じられたということになる。スクラムの最後尾に位置するナンバーエイトであるトンガを、一時的にとはいえ欠くことになったマツダは直後のプレーでスクラムからのトライを決められ、両チームの点差は2トライに広がった。それまでも押し込まれていたこともあるが、前半の内にさらにもう1トライ追加されてしまうのを目の当たりにすると、トンガのパンチがマツダにとって決定的なダメージを与えたようである。

 兆候はあった。
 
 試合開始から何度か小競り合いは起こっていたことから、その延長線上がトンガのプレーに繋がったのだろう。しかしトンガの一時退場が試合の大勢を決めたかもしれないが、退場の有無に関わらずリコーの勝利は動かなかったように思える。試合はほぼマツダ陣内で動いていた。要はリコーが攻め、マツダが守る時間帯が多く、その結果として59−12という大差が最終的についたのだから両チームの間には確かな実力差があったことに間違いはないだろう。ただ所謂個人の身体能力であったり、戦術という目に見えやすい力の他に、観客からは見えにくい力の差があったようにも感じる。

 言うならばマリーシア、ずる賢さであろうか。

 というのも後半開始直後にも小競り合いから選手がまたも一時退場を命じられている。
 雲井雅明、またもマツダの選手である。

 小競り合いからの反則を取られているわけだから、争いの中でもトンガや雲井だけがパンチングであったり、何かしらの行為をしたのだろう。ただ退場になったのはともにマツダの選手であり、小競り合いを起こしたもう一方であるリコーの選手には何のお咎めもなかった。もしかしたら審判から注意くらいはされていたのかも知れないが、退場はおろか反則も受けていない。この小競り合いから起こる二人の退場を見ていたら、ふとある選手を思い出した。

 サッカー、アルゼンチン元代表のディエゴ・シメオネである。
 
 98年W杯でイングランド代表であるベッカムを退場に追い込んだ選手と言えば、あぁと思い出す方も多いだろう。シメオネはベッカムがピッチに倒れこむくらい激しいタックルを後方からお見舞いし、なおかつ追い討ちをかけるように挑発まで浴びせる。それに対してベッカムは倒されたままタックルのお返しと言うには些細なくらいにカカトをシメオネの脚に、コツンと当てた。すると審判の目の前でシメオネは、脚を撃たれたのかと思うほどに大袈裟に倒れる。次の瞬間、ベッカムにはレッドカードが突きつけられていた。

 このベッカムを退場に追い込んだプレーに象徴されるように、シメオネは相当に汚いというかずる賢いプレーヤーと知られている。なにしろ自分から仕掛けておいて、最後は平然と相手を退場に追い込んだのである。しかし、決して誉められたプレーでは無いかもしれないが、結局勝ったのはアルゼンチンである。勝つために、あくまで冷静に挑発したのがシメオネであり、それにまんまと乗ってしまったのがベッカムであった。

 リコーの選手にシメオネがいたとは言わない。実際、ボールとは関係ないところでの小競り合いであり、何が起こったかは正確にはわからない。トンガがパンチングしたとは言うものの、相手が倒れたわけではないのでどの程度だったかもわからない。しかしこれは推測になってしまうが小競り合いから二度一時退場を命じられ、二度ともマツダの選手だったことから、マツダよりリコーの選手達の方がシメオネ的だったのではないか。勝つためにより冷静だった、よりずる賢かったのではないか。

 加えて経験の差なのかもしれない。

 リコーは入れ替え戦を戦うのは初めてではなく、一度トップリーグからトップイースト11への降格も経験している。対してマツダは創部以来、一度もトップカテゴリーに上り詰めたことはない。経験があったからこそ、より冷静にいられた可能性は十分にある。

 果たしてリコーはトップリーグ残留を決め、マツダの昇格は来年以降に持ち越しになったが、プレーしている選手はもちろんのこと観客にも苦行を強いる天候の中、はるばる本拠地広島から来た数人のマツダファンが声を上げて応援しているのを目にすると一つの願望も出てくる。

 ベッカムは自らの退場とともに幕を下ろした大舞台から四年後、02年W杯においてシメオネの挑発をもろともせず、アルゼンチンを沈めるペナルティーキックを決めた。

 来年か再来年か、何年後になるかは分からない。それでもいつかマツダブルーズーマーズがトップリーグへ殴り込んで欲しい。

(小谷絋友=文)

入れ替え戦

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コメント(1)

大津 淳2010年4月22日 11:25 AM 

この文章は、ラグビーをあまりご存知ない方が書いたもののように感じました。
リコーとマツダは元々明らかな実力差があり、ラフプレーやシンビンを試合結果に結びつけるのは無理があります。もちろん、筆者も実力差があったのも間違いないだろうと書いています。しかし、全体としてはマリーシアのような感覚が勝敗に影響を与えたということを言いたいのだと思います。だとすれば、ちょっと違うというか、取材不足だと思いますね。

ラグビーにおけるペナルティは個別の事情がありますから、そのあたりをよく取材する必要があります。この試合における二人の退場の原因と経緯をよく知った上で、これはサッカーで言うところのマリーシアに当たると考えたとしたらいいのですが、この文章ではあくまでも筆者の類推に過ぎませんよね。
ラグビー好きで、今まで色々なシンビンシーンを見てきた私としては、そんなところに違和感を感じました。

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