[塾生]小山内隆

  • 2011年5月20日

[特集]笑みを忘れた波乗り人

仙台新港は日本を代表するサーフスポット。一見すると穏やかな海も、波打ち際に転がるコンテナが事の甚大さを雄弁に物語る。それでも波は割れる。震災前のように興じれるか否かは、すべて人間の側に委ねられている



 実家は流されてしまった。幼い頃から親しんだ海岸は見知らぬ土地のように一変し、実家を含めた地域一帯は国に買い上げられるという話もある。知人を頼りに湘南茅ヶ崎へ避難することはできたが、それでも思いは生まれ育った仙台を向いているに違いない。
 いつか戻れる日はくるのだろうか。
 しかし戻れたとしても以前のような生活を取り戻せはしないだろう。
 地元について分かることは、分からないことばかり、という状況だ。現在は茅ヶ崎の知人宅に身を寄せているが、一ヶ月後の身の振り方も分からないのである。毎日をうつむくように暮らし、声音は暗く低かったとして、何の不思議もない。
 予想は外れた。
 聞こえてきた声に安堵した。受話器からは、見事に張りのある声が聞こえてきたのだ。

「同じことをよく言われます。思った以上に元気で良かったって。いろんな友達や知人に励まされてきたから、もう大丈夫です」

 電話の向こうにいる越後将平は、荒浜の波に育てられたプロサーファーだ。
 荒浜は仙台屈指のサーフスポットであり、スポットを眼前にする沿岸部にはやはりサーファーの父親が経営するサーフショップがある。
 いや、あった。
 その名をベアフットサーフショップと言う越後ファミリーによるショップは、中心軸のひとつとして仙台サーフィンの成長を促したが、東日本大震災で跡形なく消失してしまったのだ。
 荒浜からわずか北の仙台港には、仙台新港と呼ばれるサーフスポットが存在する。ビッグウェイブの聖地、ハワイの波と比べても遜色ない良質な波が期待できることからも、全国のサーファーにその名を知られる場所である。
 いい波が立つ場所に、いいサーファーは育つ。
 サーフィン界に広く浸透する金言は、十分に仙台にも当てはまり、あらゆる波を乗りこなす越後は、その象徴的存在である。
 しかし今回の震災で、荒浜の名は数百人に及ぶ遺体が流れ着いた場所として報じられた。被害は海岸沿いだけではない。海岸線から仙台東部有料道路までの2〜3キロ圏内は、津波に襲われ建築物が何もなくなった。有料道路から海が見えるようになってしまったと越後がいうほどの光景は、爆発物こそ落ちてはいないが、焼け野原そのものなのだ。
 捜索は今も混迷を極め、海岸には大小様々な物体が漂着する。汚染の可能性もある。そうして仙台のサーフショップによる組合は、4月18日に県内でのサーフィン自粛を発した。5月10日現在、この自粛はまだ解かれていない。

「僕自身、サーフィンはできています。むしろ、したい、という気持ちが強いですね。何かを見つけて、前向きにならないといけない気がするんです。確かに近所に住んでいたおばちゃんの話なんかを聞くと、複雑です。津波から一緒に逃げて、やっと避難所まで逃げ切ったのに、別れた後、そのおばちゃんは家に戻ってしまったらしいんです。もう大丈夫だろうと。でも第二波がやって来てしまった・・・・それに、僕は震災1週間で仙台を離れました。今も避難所で暮らす人たちに比べれば相当に恵まれています。だから、感覚的には、だいぶズレが生じてしまっているのかもしれません」

 声は明るい。
 しかし震災の傷跡は、少しも癒されてはいなかった。

 傷を負ったのは被災地を出身地とするサーファーだけではない。凍てつく津波の映像は世界中のサーファーの心をえぐった。世界プロツアーを10度制した絶対王者ケリー・スレーターもメッセージを早々に発した。被害の甚大さに悲しみを抱き、その原因が津波であるという事実にやりきれなさを抱いていた。
 種類も形も違うとはいえ、これまで笑みを与えてくれた恵みの海が、波が、東北の大地を、人々を飲み込んだ。波が有するジキルとハイドのような二面性を直視してしまった今、心に刻まれた冷徹な残像の克服は、決して容易いことではない。
 さらには海洋汚染が追い打ちをかける。
 汚染水が吐き出された福島だけではない。潮流という自然の営みによりどこまで影響が及ぶのか、千葉や湘南、湘南以西のサーファーも戦々恐々の日々を送っている。徳島出身のプロサーファー辻裕次郎は、スコットランドでの試合から4月18日に帰国した後、数日を千葉の知人宅で過ごしたが、海に入ることはできなかったという。

「千葉の知人を含めてまわりの人に海について聞くと『大丈夫』という答えが大半でした。確かに、普通の生活へ戻していくしかないんだとは思うんです。僕も千葉に住んでいたらそうしているかもしれません。ただ、サーフィンはできませんでした。不安感が拭えませんでした。長く滞在する予定でもなく、不安な気持ちで海に入るより四国に戻ってからでいいと、そう思ったんです」

 震災前後で、よく知っていた日本の海は、見知らぬ海へと一変した。汚染水による変化の程度は、文部科学省や各行政が発表する数値の上では、日に日に落ち着きを取り戻しているように思える。それでも、震災前のように混じりけのない純粋な笑みを浮かべて波に興じるまでには至っていない。

 津波の残像。
 汚染の事実。

 心理的なトラウマが大きすぎるのだ。

 このトラウマに関して、セプテンバーイレブンを被災したニューヨークのサーファーは、時間こそが癒してくれると言った。
 いや、しかし、セプレンバーイレブンと東日本大震災とでは趣きが異なる。サーファーにとって生を実感する場である海が災害の主因となり、また、海自体が汚されたのだ。
 確かに時間は癒しを与えてくれるに違いない。それでも、震災前の心象には戻れない。
 起きてしまったことを正面から受け止める。波乗り人として生きていく事をいっそう強く自覚する。みずからの意志で過去の自分と決別し、再生しない限り、自然発生的に浮かぶ心からの笑みは、もう取り戻せやしないのである。



[特集ページ]震災後のスポーツ

[塾生]小山内隆



コメントなし

コメントを投稿


ユニフォーム型ストラップ

書籍紹介

負けない自分になるための32のリーダーの習慣
澤 穂希 /幻冬舎
目標は「言葉」にすれば、必ず実現する。ブレずに強い心で戦い続けるための習慣。成功を引き寄せる、「有言実行」のメンタル術。

僕は自分が見たことしか信じない
内田 篤人/幻冬舎
彼はその端正な外見だけではない。男らしい一面をもっている。誰よりも優しい心を持っている。そして、だれよりもサッカーに対して真摯だ。

不器用なもんで。
金子 達仁 /扶桑社
『渡り鳥シリーズ』、『仁義なき戦い』など映画に出演し、『昔の名前で出ています』、『熱き心に』といった数々のヒット曲を生んできた小林旭。金子達仁が鮮やかに描き出す一冊。

サッカーの見方は1日で変えられる
木崎 伸也/東洋経済新報社
ボールを追うのは3流、フォーメーションを論じるのは2流。 では、「本当のプロ」はどこを見ているのか?今日からできる「プロの観戦術」を初公開!

バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー
オスカル・P・カノ・モレノ /カンゼン
 “美学”と“効率”が両立されている バルセロナのサッカーの本質に迫る一冊

心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣
心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣
長谷部誠/幻冬舎
『心は鍛えるものではなく、整えるものだ。いかなる時も安定した心を備えることが、 常に力と結果を出せる秘訣だ。自分自身に打ち勝てない人間が、ピッチで勝てるわけがない。』

タイアップ

オーダーメイドシリコンリストバンド BANDIA
スポーツビジネスオンライン
soccerking